我輩としては、以前、仙台の伊達政宗公に会ったことがあるが、今度は、戦国の世に知られた豪傑、武田信玄公であるから、楽しみであった。
とりあえず、甲府駅の前から一枚である。↓
因みに甲府市の街並みは、落ち着いた地方都市という感じであった。↓
信玄の部隊が街を歩き出す時間は、午後の六時であった。この家の家族がその時間まで何をしていたのかといえば、何のことはない。甲府駅前にあるなんとかという喫茶店の二階に陣取っていた。この家の母親が、「いいねえ、喫茶店。ソファが気持ちいい。」などと言って、背負っていた荷物をどさりと置き、家族分の椅子を隣の席や隣の隣の席からかき集め出す。それで、この家の母親が、
「じゃあ、六時までここに荷物を置いておくから、誰か一人はここに残って、それまで自由時間にしよう。」
と、仕切りだす。無論、その誰か一人というのは、この家の父親を念頭に置いた発言である。が、大学生の次男も喫茶店で休んでいると言い出したので、結局、この家の父親と次男を残して、みなどこかへ行ってしまった。
今だ定職につかぬ長男と、大学生になったばかりの三男は、二人で甲府市内を散策しに行った。この家の母親は「宝石を見てくる。」と言い、一人で出かけていった。山梨は水晶などの宝石が有名らしい。長女と次女はどこへ行ったのか知らぬ。我輩は、一人で信玄公の部隊の輩を偵察しに行った。
城跡の方へ歩いていくと、さっそく待機している部隊に出くわした。
何かやる気の抜けたような部隊である。
我輩の驚いたのは、自軍の象徴たる軍旗に、「サンスター」などと書かれていたことである。天下の武田軍が「サンスター」とは何事か。我輩の記憶が確かであれば、「サンスター」とは歯磨き粉を製造している会社の名前だろう。武田軍の誇りを捨てて、企業の宣伝に走りおって。この売国奴め。人を馬鹿にしている。我輩はこんな部隊を見に甲府まで来たわけではないぞ。我輩の見たかったのは、威厳に満ちた武田の精鋭部隊である。
他にも、たこ焼きを食いながら歩いている奴もいれば、横に並んで笑いながら歩いている奴もいる。何というだらしなさであろう。背筋をぴんと伸ばして、ザックザックと武器や鎧を鳴らして歩く姿を想像していたのに。これでは、軍規が乱れ、勝てる戦にも勝てぬだろう。
我輩は落胆しながら、別の場所へ行った。すると、馬公がたくさんいる場所に出くわした。武田の騎馬隊か!?、と高鳴る気持ちを抑えながら、駆けつけた。
我輩のシャッタアを切るタイミングが悪かったのかも知れないが、これが騎馬隊の待機している写真である。
腹立たしいことに、みな我輩にケツを向けている。我輩がこっちを向けと言っても一向に無視である。どこから借り出してきた馬公であろう。みな相当に内気で我輩の顔を見れないのか、あるいは、我輩よりずっと図体がでかいからといって侮蔑しているのか。いづれにしても、武田の騎馬隊の馬公としては、みな失格である。
そんなことを考えていると、一匹の馬公が我輩の所に近づいてきた。
馬公が後ろ足を微妙な具合に開き出したから、我輩はじっと見つめていた。すると、小便をし出すではないか! あと1,2メートル近ければ、こちらに馬公の小便が飛べ跳ねて来ていたろう。危ない、危ない。雨に濡れるならまだしも、甲府にまで来て小便でずぶ濡れとなっては、洒落にもならぬところであった。
我輩は、嫌な予感がして、視野を広くして馬公らの全体を眺めてみた。すると案の定、所々に小便や茶色い固形物が落ちている。茶色い固形物とは、上品な我輩としては口にしたく無いのだが、すなわち、うんこである。与えられた砂の上に行儀よく排便する我が猫族としては、この馬公の身勝手な排泄は、決して容認できない光景である。
うんざりした気持ちで、駅の方に戻ると、もうすぐ行進の始まる時間であった。武田軍の舞台裏を知った我輩としては、もはや行進を見る気などあまりしなかったが、武田信玄公の役が、かの宇梶氏と聞いたので、一目、生の宇梶氏を拝見しようと思った。
宇梶氏は以前のジェネジャンという番組で拝見して、中々できた男子であると思っていたから、我輩は宇梶氏が通りそうな場所に陣取って待ち構えていた。
すると、予想通り、背の高い武者が向こうから周囲に手を振りながらやってくる。隣の叔母さんがキャアキャアと体を前に出しながら騒ぎ出す。頗る邪魔である。
我輩は急いでシャッタアを切ったが、宇梶氏は歩くのが早足であった。ややぶれたが、これは正真正銘の宇梶氏である。長い帽子を被って長いあごひげを生やしているのが、信玄公に扮した宇梶氏である。
宇梶氏の顔の彫が深いせいか、豪傑の雰囲気を漂わせていた。中々の貫禄である。
行進は長々と行われた。この家の家族は、途中で飽きて、全部終りまで見ずに、ホテルに行ってしまった。何のために信玄祭りに来たのであろうか、、、。
(終)

