ジェネジャンとかいう番組であった。我輩も他にすることがなかったから、一緒になって見ていた。
我輩が画面を覗くと、自殺について芸能人らが討論していた。自殺したいと言う27歳の男子や二十歳そこらの女子が、他の参加者と意見を交換していた。
27歳の男子は、恋愛にも仕事にも上手くいかず、集団自殺をネットで募集するなど、本格的な自殺願望者であった。二十歳の女子も、「自分の顔も嫌い、声も嫌い、仕草も嫌い。」とか「何故か悲しいの。」とか言っていた。
が、そういう二人も、ガンで余命2年と宣告された人が必死で残りの人生を生きたVTRを見て、少しは、気持ちも穏やかになったようであった。最初は、自殺、自殺、と言っていたのが、VTR後には、「その人のことを考えると、その人の分まで生きなきゃいけないのかな、とは思った。」とか、「もう一度、人生について考え直してみたい。」とか言っていた。
我輩の印象的だった発言は、まちゃまちゃという緑色の髪をした奇怪な容姿をした女子の発言である。何と云おうか、まるで閻魔大王の子分のような、あるいは、出家しそこなった女坊主のような、そんな感じの女子であったが、ちゃんと話せる子がいないと言って嘆く自殺願望を持った女子に対して、
「おれの友達にねえ、自殺した子がいたんだよな。その子は友達がいない、いない、って言ってたんだけどさあ。それで自殺しちゃったんだよねえ。で、おれもその子の葬式に行ったんだけど、その葬式には、いっぱい友達が来てたんだよな。そしてみんなわあわあ泣いてたんだよな。おれはその姿を見せてやりたかったよ、その自殺した子に。こんなにいっぱい泣いてくれる友達がいるってことを。おれはそれを見せてやれなかったのが悔しくてさ。」
と、言い聞かせていた。いいことを言った。我輩は、非常に説得的な心のこもった話に深く頷いた次第である。
また、宇梶という男子の存在も印象的だった。ペテロという一風変わった血の気の多い作家と河童のような変な頭をした人間が喧嘩をしたときの仲裁の仕方が非常に上手かったと思う。
彼は昔、暴走族のリーダーだったらしいが、中々できた男子であると思った。
また、司会者の堂本光一という男子も、自殺願望を持つ二人に、「ぼくらも二人が死んだら、絶対嫌だし、悲しいし、絶対自殺して欲しくない。」と言っていたが、この言葉が、当の二人の心に最も響いたのではないか、と思う。どんな説教よりも、「君に死んで欲しくはない。」「君が死んだら悲しい。」と言ってやるのが胸に響くような気がするからである。
自殺してしまう人の多くは、恐らく、こうした言葉を掛けてくれる人がいないのではないか、、。
ところで、テレビを見ていた長女は、「自殺しちゃ駄目だよ。」、と次男と次女に言う。すると、次男は、
「自殺はある特定の人間には認められるさ。」
と、言い出だした。我輩は、ぎくりとした。やはり次男は不気味な人間である。長女は、「え? あんた何言ってるの?」と少々怒ったように聞き返す。すると、次男は、
「確かに自殺とか、生きるとか死ぬとか、簡単に軽々しく口に出すものじゃない。しかし、中には自殺のみが最後の希望となる人間もいるだろう。地上のすべてに絶望した人間さ! そういう人間なら自殺が許されるばかりか、むしろ自殺が至高の価値として認められるんだ!」
と、抑揚のある口調で口走った。長女は、
「何、大した気しちゃって。自殺は理屈じゃないの。」
と、文句を言う。二人の会話を聞いていた次女は、
「光一君も自殺しないでって言ってたでしょ?」
と、次男を説教する。光一氏が言うからには、それが正しいんだと言わんばかりである。
次男は、
「僕なら、自殺したいという人間の話を聞いて、その人が自殺してもよい人間かどうか一人一人確かめてやるね。この人なら自殺してもいいだろう、と思った人には自殺の切符でも上げるさ。」
と、ぎろりと長女の顔を見て言った。長女は、「ふざけないで。馬鹿!」と叱責した。
我輩の思うに、次男が一人一人話を聞いて自殺の切符を発行するなどと言っているのには、辟易した次第である。日本国の自殺者は年間3万人以上もいるらしい。彼らの話を一人一人聞くなど到底無理な話である。そもそも、自殺の切符を発行するなどという権利が一体誰にあると言うのだろう。我が猫族にも、そんなことのできる猫はいないし、ましてや、この次男にないのは火を見るよりも明らかである。 (終)
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