2005年12月18日

囲碁をする教師たち

 この家の父親は、囲碁という遊びが好きなようである。よく家の二階の部屋で、パソコンという20世紀末に飛躍的な普及を見せた機械と向かい合い一人楽しそうに囲碁をしている。また、休日などは、同じく囲碁の好きな教師を自宅に招き二人でするときもある。

 先週の日曜などは、その囲碁好きな教師と共に囲碁を打っていた。

 「いやあ、斎藤さん、私は最近パソコンで囲碁をするのに熱中していましてね。」

 と、囲碁を打ちながら、この家の父親が楽しげに言う。

 「ほう、そうですか。それは結構ですな。私なんかは、コンピュータと聞いただけで何か面倒臭い感じがしてパソコンも持ってないんですよ。」

 と、その教師が言う。因みに、この教師は高校の数学を教えているらしい。美術の教師であるこの家の父親がパソコンという機械を使いこなし、数学という理系科目の教師であるこの斎藤という教師がパソコンを持たないというのは、何か滑稽な感じがする。

 「どうです? そのコンピュータでやる相手は強いですか?」

 と、その教師が、パチンと碁を打って言う。どうやら少々パソコンの囲碁に興味があるようである。

 「うぬ、そうきましたか。」

 と、この家の父親。次の一手を考えるのに真剣で、その数学教師の質問に答えないでいる。すると、その数学教師は、

 「二宮先生、聞こえましたか? 私の質問。」

 と、尋ねる。

 「ああ、聞こえたよ。」

 と、父親。一生懸命碁盤に睨みをきかせながら、答える。

 「で、どうなんですか? 相手は強いですか? 」

 と、数学教師。余程興味が湧いたのであろう、必ず聞き出そうという気でいる。

 「ん? 相手? ああ、強い、強い、コンピュータには中々勝てませんよ。でも、インターネットで他の人間と打つ時は、そうでもありませんよ。私に勝てる者は中々いません。」

 と、面倒臭そうに父親が答える。しかし、私に勝てる者は中々いません、と言った時には顔がにんまりとした。

 「へええ、そんなものですか。でもインターネットで他の人間を相手に打てるというのは、面白そうですな。」

 と、感心した様子で数学教師が言う。

 「あと、チャットというのがありましてね、対戦相手とメッセージをやり取りしながら囲碁を打てるんですよ。相手がいつまでも次の手を打たない場合なんかは、“いつまで考えているんだ、早く打て。”なんて文句を言うんですよ。この前なんかは、私はね、相手がいつまでもいつまでも打たないもんで、“逃げたな。”とこう言ってやりましたよ。」

 と、そう言って父親がわははと笑い出す。

 「面白そうですなあ。私もやってみましょうかね。」

 と、数学教師が言う。そして、すぐに、「インターネットというのは、パソコンを買えばすぐにできるんですか?」と尋ねる。父親は、

 「それは、また今度電気屋にでも聞いて下さいよ。今は、囲碁の試合中ですよ。」

 と、やや不機嫌そうに言う。どうやら、形勢も良くないようである。首を傾げてはうんうん唸っている。

 「こりゃ、失礼しました。」

 と、数学教師。この父親の形勢が不利であるということは、論理必然的に、この数学教師の形勢が有利なのであろう。顔にも余裕の表情が浮かんでいる。

 すると、この家の母親が「おつまみをどうぞ。」と言って部屋に入ってきて、団子を載せた皿を二人の脇に置いた。我輩は二人が囲碁をしている部屋の隅で寝転んでいたが、団子の甘い匂いがこちらまでぷんぷんと漂ってくる。我輩も紳士であるから、もし我輩がその団子に飛びついたならばこの家の父親にもその客にも失礼だと思い、団子の甘い匂いによだれが出そうになりながらもぐっと腹に力を入れて我慢していた。すると、この家の父親が、

 「斎藤さん、団子の皿をこっちに置きましょう、家の猫が飛びつくかもしれませんから。」

 と、そう言って団子の皿を我輩のいる方とは反対の方に置いた。

 「そうですね、猫はいやしいですからね。その方が安全でしょう。」

 と、数学教師も賛同している。

 我輩は、この侮辱には我慢ならなかった。我輩とて、せっかくの父親の来客に失礼のないように、飛びつきたいのをぐっと忍耐しておったところを、二人揃って我輩を、いや猫一般を侮辱するではないか。我輩は、こう侮辱されてはもはや二人の前で我輩が紳士でいなければならぬ理由もないと思って、にゃにゃにゃっと部屋の隅から碁盤の陰に隠れた団子目掛けて、勢いよく発進した。そして、碁盤の上にえいっと飛び乗り、並んでいた碁石を前足と後ろ足の双方を持ってしてぐちゃぐちゃと掻き回してから、団子の皿の下へ素早く着地し団子を頂戴して戸外へ逃れた。

 二人は、ああ、と悔しがっておる。しかし、大の大人が小さな石ころを並べて、おれの陣地だお前の陣地だと言って競い合っているところなど、我輩が目茶目茶にしてやらぬでも、そのうち次女でも三男でも他の誰かが来てそうしたであろう。   (終)
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