2006年10月24日

酒を捨てる

 今日、この家の母親が、

 「あれ、私の酒がない。どこだ? どこだ? ない。冷蔵庫に入れておいたのに。」

 と、喚きながら、台所をウロウロしている。そして、

 「あの野郎に決まってる! あのくそじじい!」

 と、言ったかと思うと、冷蔵庫から一本の酒を取り出し、「こうしてやる!」と、流しにドボドボと中の酒を捨て始めた。その酒は、言うまでもなく、トウヘンボクのものである。

 それを見ていた大学一年の三男が、「もったいねえー。」と、言うと、この家の母親は、

 「女ってのは、恐いんだ。気をつけろよ!」

 と、言って、にんまり笑った。

 そして、しばらく何やら台所でゴソゴソしていたかと思うと、この家の母親が、

 「あ、あった。」

 と、言い、探していた己の酒瓶を手にしている。どうやら、勘違いであったようである。

 (終) 
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2006年10月12日

朝まで生テレビという番組(3)

 田原氏と爆笑問題という漫才コンビの背の高い方の話の続きから、、、。


 「田原さんは、大変な愛妻家なんですよね?」

 爆笑問題という漫才コンビの背の高い方が田原氏にたずねる。

 「恐妻家だよ、恐妻家。」

 と、田原氏が答える。これを聞いたこの家の父親であるトウヘンボクは、「そうそう、おれと一緒だ!」と、うれしそうに言う。

 「でも、奥さんがなくなられたとき、自分も自殺しようと思ったんですよね?」

 と、爆笑問題の背の高い方が聞き返す。

 「ああ、死のうと思ったけど、娘に止められたんだよ。」

 と、田原氏。

 「そりゃそうでしょう。」

 と、爆笑問題の背の高い方が言う。トウヘンボクは今度は口をきっと結んだままでいる。我輩の勝手な推測であるが、トウヘンボクは、自分が死のうと思ってもこの家の家族の中に止めてくれるものがいるのか、無性に不安になったものと思われる。

 「私はね、もう、妻が死んでからは、健康診断も何も受けていないんですよ。」

 と、田原氏。

 田原氏が「恐妻家だよ。」といった時に、安易に賛同してしまったトウヘンボクは、ここにおいて、氏が恐妻家ではなかったことに気付いたようである。「なんだ、相当な愛妻家だな。」と呟き、がっかりしている。

 すると、後ろのほうから、

「あらまあ、健康診断は受けなきゃねえ。田原総一郎がいないと、日本のジャーナリズムはぼろぼろじゃないの。」

 と、この家の母親が遠くから大声で言う。

 「おれも、今度の健康診断を受けないとな。」

 と、トウヘンボク。すると、この家の母親は、

 「あんたは、いつぽっくりおさらばしてもいいようにちゃんと保険に入ってるから大丈夫だよ!」

 と、叫んだ。

 ひでえ会話である。我輩も飼い犬のジョン氏もよく今までこんな家に住み続けられたものである、、、。
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2006年10月09日

朝まで生テレビという番組(2)

この前、爆笑問題というコンビのテレビがやっていたので、この家の者と一緒になって見ていたら、朝まで生テレビで司会をやっていた田原総一郎氏が突然現れた。

 爆笑問題の背の高い方と政治の話をしている。

 「今の日本は全体が右傾化してるんです。日本のサッカーとか野球なんかでも、外国を負かしてみんな喜ぶでしょ。それもみんなナショナリズムなんですよ。」

 と、田原氏。例のごとく、べらべらと話し出した。すると、テレビを見ていたこの家の大学生の次男が、

 「スポーツにおける自国の応援と政治的なナショナリズムを同一に考えるのは、ややおかしい。」

 と、言い出す。我輩は、この家の次男が久しぶりに口を開いたので、耳をでかでかにした次第である。

 「何でだ? スポーツも一緒だ。戦争になると、みんな相手の国を負かして喜ぶんだ。一緒だ。田原総一郎が言ってることは正しいぞ。」

 と、この家の父親たるトウヘンボクが、口をはさむ。

 「スポーツで自分の国を応援した人が、戦争においてもナショナリズムに陥るなんていう法則はないよ。直感的なものに過ぎないよ。そもそも、スポーツにおける勝負は、お互いの選手が公平なルールに則って正々堂々とやるわけで、確かに相手国を負かすという点で戦争の場合と共通点はあるかもしれないけど、次元が全く違うよ。」

 「そうか?」

 と、トウヘンボク。

 「そう。それに、スポーツの場合、負けた相手にも拍手を送る場合だってあるでしょう。ナショナリズムというのは排他性に本質があるんですよ。相手の健闘をたたえるために拍手を送るのは、相手の国のことも受け入れているってことでしょう。一部のフーリガンみたいなのは、どこの国にも少しはいるんです。ああいうのを見たりして、ナショナリズム、ナショナリズムというのは少し過敏すぎるんじゃないのかな。」

 と、次男。

 「そうか? そうかもな。」と、トウヘンボク。田原氏が正しいと言っていた先程の己の主張は、まるでなかったようでありました、、、。(続く)
posted by 我輩 at 15:32| Comment(4) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月04日

朝まで生テレビという番組(1)

 お盆にて親族集まるの話を続けようと思ったが、止めた。なぜなら、我輩の鑑賞し誹謗中傷する対象は、この家の家族だけで十分であるからである。

 では、最近のこの家の状況を書いてみよう。

 先週の土曜、深夜になってもテレビがついていたので行ってみたら、父親たるトウヘンボクと、この家の長女と、大学生の次男が画面を見つめながらソファに座っていた。

 何を見ているのか、と思ったら、変な討論番組であった。司会は田原総一郎というジャーナリストで、その両側にざっと国会議員や学者が座っていた。

 こんな夜中に、があがあと騒いでいる人間らがいるとは、我輩にとってはやや驚きであった。

 もっと驚いたのは、司会者が最もがあがあ騒いでいることであった。司会者というのは、議論の進行を円滑にする役割を果たすもの、と我輩は思っていたので、やや斬新であった。

 話している内容は、政治に関することだった。参加者の発言に対して、トウヘンボクがしきりに「そうじゃない、そうじゃない。」とぶつぶつ言っている。そして、この家の長女から「うるさいんだけど。」と文句を言われている。

 そんなに面白いのかと思って、我輩も一緒になって見ることにした。

 しばらく見ていたが、先ほどの繰り返しになるが、やたらと司会者がしゃべる。どうやら、新しく総理の座についた安部晋三氏のことを言い合っているようであった。
 
「安部さんは、改革者として行動しなければならない。でも、小泉総理の改革を引き継がなければならない。これは、ある意味、矛盾しているんです。」

 こんなようなことを、村田晃嗣というちょび髭を生やした同志社大の教授が言っている。我輩としては、なるほど、と思いつつも、だから何なの? という感じでもあった。

 一般的に学者の発言は、なるほど、と思わせるが、だから何なのだろう?という類が多い。

 第一、なぜ、ちょび髭を生やしているのであろうか。我輩としては、安部氏の思想信条についてより、むしろ、氏の美的感覚について、田原氏に糾問してほしいところであった。

 毛を立派に手入れしていいのは、わが猫族だけである。なぜというに、わが猫族は、日々、己の毛を美しく保つために、己の毛をペロペロなめている。己の毛をペロペロ舐めるほどの愛情を注いでこそ、毛を生やす資格があるのである。

 村田氏は、己の毛に対してわが猫族ほどの愛情をお持ちだろうか? どうせ鏡の前で己の髭を、ハサミか何かで整えるくらいが関の山だろう。それだけでは、毛に対する愛情があるとは言えない、、、。  (続く)

 
posted by 我輩 at 17:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする