2005年12月31日

大晦日、、、。

 今日は大晦日という一年の最後の日らしい。

 この家の父親は、朝、新聞紙を広げながら、

 「今日は何見ようかな。たけしのTVタックル見たいな。お、格闘も見たい。」

 などと言って、新聞紙の番組表を蛍光ペンで囲んでいる。すると、ぐうたら母親が、

 「何言ってんの、紅白に決まってるでしょ。」

 と言って、新聞を見ている父親の横から首をぬうっと出して、新聞を覗き込んだ。

 「なんだ、今はおれが見てるんだ。邪魔するな。」

 と、父親が文句を言う。いつもの仲違いである。子供のしそうな喧嘩を夫婦でしているのが、情けないばかりである。

                  *  *  *
 
 午後は、この家のOLの長女と中学生の次女とぐうたら母親が買い物に行ってしまった。ふらふらしている長男は、大学生の次男と高校生の三男を引き連れてどっかへ行ってしまった。この家の父親も、実家へ行って出掛けていた。

 我輩と飼犬ジョン氏で、家で留守番である。因みに、冬は、ジョン氏は、家の中の居間にいるのである。今風に言えば、リビングルームとでもいうのであろう、そこに人間の如くこたつの脇にどしりと腰を下している。そのせいで、こたつの周りの絨毯はジョン氏の汚い毛が至る所に散乱している次第である。犬族独特の臭気が漂っていて、頗る迷惑である。

                  *  *  *

 夜は、やはり、紅白歌合戦という番組を見ていた。父親がチャンネルを変えようとしたら、次女や母親の反対に会い、父親は自分の部屋に引きこもってしまった。長男と三男は、二階の部屋でゲームなぞをしている。次男は部屋で本を読んでいるようである。

 年越しそばなるものも、この家ではなかった。因みに、夕食は刺身を食べていたようである。

 今年も、今日で終りなのである。

 一年を総括するような気の利いた言葉も言えない我輩なので、それでは、また来年、、、。
 
                                 (終) 
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2005年12月30日

クローン技術の応用

 韓国ソウル大の黄教授のES細胞の発見は、どうやら偽りのようであった。

 我輩はクローン人間の研究に興味があったから、少々無念である。確かに倫理的な問題はいろいろある。しかし、我輩は、非常に私的な理由で申し訳ないけれども、我輩自身のクローンを作ってみたいのである。

 そうすれば、厳密な意味では違うけれども、いわゆる分身の術が使えるようになる。

 例えば、我輩が一匹の不良犬に襲われたと仮定しよう。

 敵は我輩を見て、「猫一匹相手じゃあ苦労はねえぜえ。」と言って、我輩に歩み寄ってくる。すると、我輩の背後から我輩そっくりの猫が一匹現れる。相手が「なんだ、なんだ。」と思っているうちに、我輩の背後からまた一匹現れる。相手が動揺しているうちに、もう一匹、もう一匹とどんどん現れる。そして、気付けば、その我輩と同じ格好をした猫が、不良犬の周囲を取り囲んでいるのである。

 不良犬は、「化け物!」と悲鳴を上げてキャンキャンと尻尾を巻いて逃げるというわけである。

 クローン技術は人間へ応用するのも愉快である。

 会社を休みたい時に、代わりに行かせることもできるであろう。

 或いは、いわゆる、二股三股いざ知らず、四股五股ご結構、六股七股ご勝手に、といったところである。そのうち誰が誰だか分からならぬようしっかりとノートにメモでもして下さいといったところである。

 また、他のクローンと偶然出くわしたときも双子、三つ子までなら説明できそうであるが、四つ子、五つ子、となると難しい。七つ子、八つ子と偶然出くわして「化け物」と悲鳴を上げられないよう気をつけなければならないのである。(終)   

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2005年12月29日

アクセス数

 今日は、いつもよりこのサイトへのアクセス数が少ないのである。

 アクセス数が少ないと、何だか力が抜けるのである。

 みんな年末で、旅行でも行っているのだろうか、、、。それとも、我輩の文章にそろそろ飽きを感じてきたのであろうか、、、。   

 よく正月はハワイ等で過ごすということを聞くが、我輩はまだ南の島には行ったことがないので、想像もつかないのである。聞くところによると、日本人で溢れているらしい。ハワイの猫は大きいだろうか? ハワイのゴキブリは大きいと聞いたことはある。まあ、そんなことはどうでもいい話であるが、、、。(終)

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2005年12月28日

飼犬ジョン氏の逃亡

 昨日、この家の飼犬ジョン氏がまた逃げた。

 玄関の開いた瞬間、わっと逃走したのである。

 「ジョンが逃げた!」

 と、中学生の次女が叫ぶ。ぐうたら母親も、「早く、早く、捕まえないと!」と動揺して、近くにいたOLの長女や、大学卒業後もふらふらしている長男に追うように命じる。この家の父親は、

 「大丈夫だ、そんなに喚くな!」

 と、自分が喚く。そして、長女と長男と共にジョン氏を探し始めた。

 我輩は、ジョン氏の逃げた先は大体予測がついていた。近所のAさんのお宅である。その家でも犬を飼っていて、以前にジョン氏が逃亡した時もジョン氏はそこにいたのである。

 我輩がAさんのお宅へ行ってみると、案の定、ジョン氏が愉快そうに尻尾をふりふりと振りながらその家の周りをくんくん嗅ぎ回っていた。

 「ジョン、また逃げたね。」

 我輩がこういうと、ジョン氏は、不敵な笑みを浮かべながら、

 「へへっ、一日中家にいたんじゃ、つまらんからね。」
 
 と、言う。
 
 「あの家の長女と長男と父親が君を追跡している。」

 と、我輩が言うと、ジョン氏は、

 「やっぱりそうか。別に少しくらい放っておいてくれりゃいいのにな。な、そうだろう? 別に俺は悪いことなんかしないのにな。全く、あの家族は、いや、ほとんどの人間がそうだ。我が犬族を信頼していないんだ!」

 と、こう言って、憤慨した様子でいる。我輩は、やや同情を込めた眼差しをジョン氏に注いでやりながら、

 「そうかもしれないね。でも、今の法律では、我が猫族も犬族も一人身では生きて行けないというのも事実だね。野良になったら、恐怖の保健所送りだ。ナチスのユダヤ人強制収容所さ、ゲットーさ。03年度には全国で約11万匹の犬と、27万匹の猫が殺処分されたってことは君も知っているだろう?」

 と、忠告した。すると、ジョン氏は、

 「大袈裟だぜ、お前は。俺は、ちょっとアバンチュールを楽しみたかっただけなんだぜ。いつも鎖でつながれてちゃあ、苦しくって仕方ねえや。その点、お前はいいよな? 何故、お前には鎖がないんだ? こんな不公平があるかよ! 犬様のこの俺が奴隷のように鎖でつながれていて、お前のような猫が自由って話は!」

 と、語調を荒げて言った。この見解に対し、我輩は、

 「我が猫族は、多少放縦であるけれども、ちゃんと家に帰って来る。別に鎖でつながなくってもいいわけさ。それに犬の中には、人間に噛み付いたりして、危害を加えるものもいるからね。」

 と、言った。するとジョン氏は、

 「この野郎っ! 犬様を侮辱しやがってよお、この猫助が!」

 と、教養のない雄叫びを上げる始末である。

 その時、この家の父親が、「お、いた、いた。Aさん家のところにいる!」と言って、こちらへ走ってきた。ジョン氏は、「くそっ、もう見つかったか。」と言って、反対の道路へ逃げた。父親は、「陽一郎、あそこだ、行け」と長男坊に叫んだ。

 長男坊はサッカー好きで背はそれほど高くないが、がっちりとした体格をしている。その長男が全速力でかけてきたので、ジョン氏も驚いて急に勢いよく前進した。

 我輩はこの二人のかけっこを見ていた。我輩の驚いたのは、犬族の馬力というか底力である。長男坊の全速力がもう少しでジョン氏に追いつきそうになった瞬間、ジョン氏は、もう一倍速ギアを上げたのである。長男は、ジョン氏の馬力の上がった瞬間、失速し、追うのを止めてしまった。

 が、今度は父親が、「ほら、ジョン、ほら、ジョン、餌だぞ。」と言いながら、ジョン氏の好物であるサラミを振りかざし始めた。

 我輩は、鎖からの自由とか人間の奴隷とか高邁な理論を展開していたジョン氏が、一個の餌で釣られるとはゆめゆめ思わなかったのであるが、ジョン氏は、急に向きを変えて父親の方へ突進してきた。それで、父親からサラミを頂戴しながら、尻尾をふりふりと勢いよく振り回している。父親は、その間にジョン氏を鎖でつないだ。

 これが社会の現実なのであろうか、、、。高邁な理論で世界は動いていくのではなく、おいしい餌で動いていくのであろうか、、、。そうだとすれば、悲しい限りなのである。   (終)


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2005年12月27日

朝、、、。

 年末というのは、どこか寂しいものなのである。

 我輩の今日見た朝の太陽も、暗いものであった、、、。

DSCN0158.JPGこんな日の出が幾度となく繰り返されて、いつか我輩も飼犬ジョン氏もこの家の家族も滅びていくのであろう、、、。


 苦沙弥先生の所の猫殿曰く、「呑気と見える人々も、心の底を叩いてみると、どこか悲しい音がする。」、、、。

 我輩の目に映る人間も、今日は皆そんなふうに見えたのである、、、。

 秋刀魚が食いたい、、、。ぐうたら母親は、正月くらいはちゃんと料理を作るだろうか? (終)

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2005年12月26日

何にもしない日

 もう少しでまた一年が過ぎるのである。

 我輩は今日は、ずっとコタツの中で寝ていた。外は寒いし、何をする気も起こらないからである。

 それゆえ、今日の日記もあまり書くことがないのである、、、。   (終)
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2005年12月25日

クリスマスの散策

 今日は、クリスマスという日であった。

 我輩は、クリスマスという日がどんなものか知りたくて、都内の街を歩くことにした次第である。

 我輩は、池袋という街へ行ってみた。我輩の住む家から40分くらいである。

DSCN0113.JPG

 サンシャイン通りから一枚。人が多いのである。普段からこんなに多いのであろうか、それともクリスマスという日だから多いのであろうか、、、我輩には分かりかねた。

DSCN0116.JPG

 サンシャイン通りで見つけた店。我が猫族の人形の店かと思って、一枚撮った次第である。キティーちゃんなる猫らしいが、これは我が猫族を著しく可愛らしくデフォルメしたものなのである。人間によるこうした猫の偶像化によって、我が猫族を大切にする人間の増えることを願うばかりなのである。

 我輩は、街には、いろいろな飾りのついた木があるのに気付いた。これは、クリスマスツリーというものらしい。いろいろなものがあるので、少々デジカメで撮ってみようと思った。因みに、デジカメの写真の編集の仕方が分からず、画像がみな横になってしまった次第なのである。それゆえ、我輩がこんなことを言うのも変であるが、顔を横にするか、パソコンを持ち上げて横にする等して頂ければ、よく見えるのである。 

DSCN0122.JPG

 これは、サンシャイン通りを抜けたところにあるトヨタ自動車の中で見つけた木である。

DSCN0124.JPG

 これは、東急ハンズの中で見つけた木である。

DSCN0125.JPG

 これも、東急ハンズの中で見つけた木である。

DSCN0126.JPG

 これもまた、東急ハンズの中で見つけた木である。

DSCN0127.JPG

 これは、どこで撮ったのか記憶が定かではない。池袋駅の西武だったろうか、、、。

DSCN0131.JPG

 これは、、、、。忘れたのである。木ばかり撮影していたので頭が混乱している今の我輩である。

DSCN0128.JPG

 池袋では、盛んにキリスト教の宣伝が行われていた。

DSCN0129.JPG

 これは、池袋駅東口前の木である。

DSCN0130.JPG

 その木の前にハトが群がっていた。我輩のカメラを撮る姿を侮蔑した目で見下ろしている。我輩は、上に登って驚かせてやろうかと思ったが、ハト公を相手にした所で時間の無駄だから止めておいた。そもそも鳥という種族は、空へ逃げる。いくら我輩とて、空へ逃げられては捕まえられぬ。

 しかし、我輩の見たクリスマス・ツリーというのは、どこか拍子の抜けるものばかりであった。やはり木の上に雪がないからであろうか、、、、。  

 しかし、今日我輩の見た木の中で最も我輩の気に入ったのは、我輩が最初撮った猫族の店で見つけたこの木である。 

 DSCN0117.JPG
          
                                      (終)
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2005年12月24日

クリスマス・イヴ

 今日は、クリスマス・イヴという日らしい。

 どうやら人間は、この日となると、プレゼントとかケーキとかツリーとか言って騒ぎ出すようである。中学生の次女も、

 「ケーキ作らないの?」

 と、ぐうたら母親に何度も聞いている。ぐうたら母親は、

 「そんなに食べたいなら、お父さんに買ってもらいな。」

 と、面倒なことはすべて夫に押し付ける。そして、「買うなら、ちゃんとお母さんの分も買って来るんだよ。」と、しっかり命じておく。次女は、

 「お父さん、ケーキ買いに行こう」

 と、父親に言う。父親は、

 「この家はな、神道なんだ。クリスマスなんてキリスト教のものだろう。」

 と、相手にしない。すると、そこに居合わせた大学生の次男坊が、口を開いた。

 「お父さんが神道ということは、別にいいでしょう。でも、この家は神道だと言って家族の構成員全員に神道を押し付けるというのは、いかがなものですかね。もし史折がキリスト教を信じたいと思うなら、それを尊重しなければならない、と僕は思うんです。」

 そう言って、次男は近くにいた我輩の頭をぐりぐりと撫でた。次女は、次男の思わぬ援護を受けて喜んでいる。

 「お父さんはな、親として子どもを教育する義務があるのだ。だから、子どもが間違った方向へ行かないように正しいことを教えなければならんのだ。」

 と、父親。そう言ったものの、次男の意外な攻撃にやや動揺しているようである。すると、次男は、

 「それは、その通りですよ。僕が言いたかったのは、そういうことじゃなくて、神道が正しくてキリスト教が間違っているとするお父さんの考えが、正しいのかどうかということですよ。」

 と、反駁を加えた。そして、人差し指を顔の辺りに持ってきたかと思うと、「いいかい、よく聞けよ。」という感じで話し出した。

 「僕が一番嫌いなのは、偏見さ。お父さんは、史折がキリスト教を信仰するのが間違っていると考えているようですが、そもそも宗教に正しいとか間違いとかあるんでしょうか? もし一つの宗教が絶対的に正しいとすれば、この世の中はどうなるでしょう。例えば、それぞれ別の宗教を信じる者同士が、自分の信じている方が正しいと言い張ったら、争いが起こるでしょう。今更言うまでもなく、戦前の日本は、神道を国家宗教とした一種の宗教ファシズムだった。戦後は、その反省から国家と宗教を分離して、国民に全面的に宗教の自由を認めたのではないですか。つまり、僕が言いたいのは、ある宗教を正しいとか間違っていると考えること自体の可笑しさですよ。」

 次男が言い終わると、辺りは一瞬静まった。そして、次女が、「そう、史折は、キリスト教なんだ。だからケーキを買うんだ。」と父親に言い放つ。父親は、

 「全く、大学で学ぶと生意気になる。親に口答えはするものじゃない。」

 と、やや憤慨の様子である。ぐうたら母親は父親の無惨な姿を見て「あはは。」と笑っている。父親の機嫌を損ねさせた当の次男は、ソファに腰を下ろして、テーブルに置いてあったりんごを食べながら、近くにあった本を手にとって読んでいる。

 我輩は寒いからコタツに潜り込んだ。我が猫族にクリスマスなど無関係なのである。ただ、次女がケーキを買ってきたときには、その中の一つでも頂戴しようとは思う、、、。   (終)
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2005年12月23日

天皇誕生日

 今日は、天皇誕生日なのである。

 この家の父親は、よく「天皇陛下は、、」とか「神道は、、」と言う。「日本の国は、神道を持って統治しなくちゃならないんだ。」、「共産党は、天皇制を廃止しようというとんでもない政党だ。」等々である。

 そういう言葉を放つ時の父親の顔は、あたかも国家を憂い国家を救わんとする指導者のようである。

 そのような父親であるから、天皇誕生日となればどうなるのかと思って、我輩はこの家の父親の言動に注意していた次第である。

 すると、案の定、朝食の時に、この家の父親は、中学生の次女に向かって

 「史折、今日は何の日だ?」

 と、聞く。

 「天皇誕生日。」

 と、次女がそっけなく答える。

 「その通り。」

 と、父親。そして、口の中でもぐもぐさせていた御飯を飲み込んだかと思うと、急に箸を茶碗の上に置き、こう言い放った。

 「日本国は、天皇を中心とした万世一系の国家だ。それが今は戦後民主主義によって、日本はこんなに変わってしまった! 犯罪率も増加していると言われている。親が子どもを殺す、子が親を殺す、そんな事件があちこちで報道される。平等主義が崩れ、持つ者と持たざる者の格差も広がっていると言われる。一体、日本の国はどうなってしまうんだ? お父さんはな、この国の将来を憂慮しているのだよ!」

 この家の父親はこう言い終わると、再び箸を取って、皿の上にあったコロッケにぐさりと箸を刺した。そして、コロッケを勢いよく口に持っていき、がぶりと噛み付いた。

 因みにこのコロッケは先ほどこの家の母親が揚げたばかりの熱々の代物である。父親は演説をした興奮のせいで、コロッケがまだじゅうじゅうと揚げ立ての音を立てているのに気付かなかったようである。

 案の定、がぶりとコロッケに噛み付いた父親は、

 「ぎゃああちい〜。」

 と、奇声の雄叫びを上げ、顔面を左右にぶるぶるっと振りながら口からコロッケを出した。演説をしたいた時の憂慮の顔が、突然狼男のような顔に変形したので、頗る滑稽であった、、、。   (終)
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2005年12月22日

コタツという戦場

 最近寒くなってきたこともあり、この前我輩の住むこの家でも、コタツという熱空間を製造する器具が配備された。

 コタツが配備されてからというもの、これをめぐる争いは一層激化している。我輩とて寒いのは苦手であるから、当然この争いに参戦せねばならぬのであるが、中々思うようにいかない。

 日中は、まだましなのである。何故と云うに、コタツをめぐる争いは我輩とぐうたら母親の二当事者間のみで行われるからだ。無論、コタツの中におけるぐうたら母親の大根足は中々手強い。少し油断をすれば、その丸太のように太く硬い大根足は、我輩の存在を全く無視してコタツの中を右往左往し我輩に危害を加えるのである。

 夜になると、ぐうたら母親の大根足のみならず、父親の大根足二本、長女の大根足二本、長男の大根足二本、次男の大根足二本、三男の大根足二本、次女の大根足二本が加わり、我輩は計14本の大根足と格闘せねばならぬ。これらの大根足が我輩の周囲を無秩序に動き回るという恐ろしさは、人間には分かるまい。我輩にとっては、死闘でさえある。避けて通れない死闘である。犬族ならば体脂肪率によりある程度は寒気に耐えられようが、我が猫族は、図体も小さいからそうはいかないのである。

 
 そして、昨日も死闘は繰り広げられた。我輩の特に警戒する大根足は、大学卒業後もふらふらしている長男と中学生の次女の大根足である。

 この二人の大根足の動きは中々次の動きが読めず、不意打ちを食らうことも多い。中学生の次女は、唐突にコタツに入り込んでくるし、足だけでなく体丸ごと突っ込んでくるという恐ろしさなのである。ふらふら長男はサッカーというスポーツが好きなようで、迷惑千万なことに、コタツの中でもキックの練習をするという恐ろしさである。

 大学生の次男は、自分の部屋にいることが多いし、コタツのある部屋に来ても足をあまり入れず、壁にもたれながら本を読んでいることが多いので、あまり脅威にはならない。

 OL生活に励む長女も、自分の部屋にいることが多く、コタツに入っても大根足の行動はそれほど活発ではないから怖くない。そもそも我輩がコタツの中にいることに注意している。

 高校生の三男は、コタツに入るとすぐ寝る。次女と同様に体ごと入ってくるが、我輩がいないかどうか確かめながらゆっくりと体を入れてくるので、よろしい。が、寝相が悪いのが危険である。

 昨日の紛争の勃発の原因は、やはりぐうたら母親であった。

 「ちょっと、裕紀、もう少し足、そっちにやりな。」

 と、母親が言う。無論、三男坊は寝ているから気付かない。すると、母親は無理やり大根足をコタツの中に押し込んできた。すると、長男が、

 「痛っ、無理やり押し込んでくるんじゃねえ!」

 と、声を上げた。我輩は、またコタツ内のテリトリー争いが始まると思い、コタツの角へ避難した。母親は、長男の非難にも耳を貸さず、

 「どけろっ、どけろっ、どけろっ。」

 と、掛声を上げながら、自分の大根足をぐいぐいとコタツの中に突っ込んでくる。
 
 「お母さん!!」

 と、今度は次女が文句を言う。母親の大根足が次女の領域にも侵入してきたようである。

 「こっちまで伸ばさないで!」

 と、次女が怒る。そう言うと同時に、母親の大根足を自分の足でもって押し返そうとした。しかし、攻撃の対象がずれて、長男の足を蹴ってしまった。

 「痛っ、誰だ、今蹴ったのは!!」

 と、長男。そして、無慈悲にも、「お前か、お前か。」と言いながら近くの足を手当たり次第蹴り始める始末である。

 我輩は身の危険を感じて仕方なくコタツの外へ出た次第である。

 こうした戦場が冬中続くのである。気が重いのである、、、。   (終)
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2005年12月20日

仙台道中膝栗毛〜日曜編〜

 日曜は少し時間があったから、仙台市内の観光スポットを周遊している「るーぷる仙台」というバスに乗った。

仙台駅前のそのバス停は、こんな感じである。

DSCN0095.JPG
 
 バスは満員でぎゅうぎゅうであった。入口ドア付近の人間をやっと押し込んでドアが閉まる始末であった。

 途中、「右に土井晩翠の建物があります。」などという感じで様々なアナウンスが流れるのであるが、何ゆえ人間でごった返しであるから、左側にいた我輩には右側の風景は見えなかった。

 「左手に見えますのは、仙台高等裁判所です。」と、今度は左側の風景のアナウンスが流れたから、どれどれと思って人間の足の隙間から外を覗いてみた。が、運転手がアナウンスを流すのをやや遅れたとみえて、もうすでに通り過ぎているという始末である。

 気を取り直してまず我輩が降りたところは、瑞鳳殿前であった。瑞鳳殿とは、かの「独眼竜」の異名を持つ戦国武将、伊達政宗公が眠っているところである。

 バス停を降りると、経ヶ峯の森という神聖な感じの漂う森が現れた。

DSCN0099.JPG 我輩の驚くのは、木の立派なことである。根元の太く真っ直ぐに天に向かって伸びたこの杉の木は、樹齢数百年という。

 森の静寂に心が研ぎ澄まされる気分であった。あの家族のいる騒がしい家の中とは、全く逆の世界である。

 DSCN0097.JPG観光に来た御老人たちは、「階段、まだ続くの? 大変だな〜。」と言いながら、せっせと階段を登っておる。カメラをぶら下げた我輩をじろじろと見る御老人もいたが、おもちゃのカメラだと思ったのであろう、奪いに来る者はいなかった。

 階段を上まで登ってきて瑞鳳殿の前に着いたが、入場料が700円もしたので、金を持たぬ我輩は入れなかった。無論、策を飛び越えて入ってもいいのであるが、金を払わずに侵入したら政宗公の英霊に申し訳ないと思って止めた。いや、本当のことを言えば、金を払わずに足を踏み入れたが最後、独眼竜政宗公の霊魂に「金を払え。」と呪われるのではないかと、怖れたのである。

 もしこれが豊臣秀吉などの御墓前であったならば、「金なくば、忍んで入ろう、ホトトギス」などと念じて入れば平気な感じもする。

 もしこれが徳川家康などの御墓前であったならば、家康の霊は「金なくば、今度来たとき払ってくれるまで待とう、ホトトギス」などと言って許してくれそうである。ただ、この標語は少々語感が悪いのである、、、、。

 もしこれが織田信長などの御墓前であったならば、「金なくば、殺してしまえ、ホトトギス」とでも云ったところであろうか、、、、。これは危険である。絶対に無銭では入れぬ。いや、むしろ、ちゃんと入場料金を払ったとしても入ることが躊躇される。墓の前でちょっとよだれなどを垂らしでもすれば、殺されそうである。

 独眼竜政宗公の気質については、よく分からぬが、外見は信長的である。それゆえ、我輩は怖れをなして侵入は控えたという次第である。それで、入口の横から写真だけ一枚撮った(下の写真)。

DSCN0098.JPG

 次は、仙台城跡(青葉城跡)へ行ってみた。冷たい風と雪で、体が冷たくなってきたが、城を見るためならこれしきのこと、と思って歩いていくと、

DSCN0102.JPG

 政宗公の銅像があった。

DSCN0103.JPG

 やはり、剛毅な威厳が漂っている。無銭で墓前へ潜入しなくて良かったと改めて感じた次第である。

 我輩は、仙台城はどこかと思って探したが、どこにも見当たらない。ちょうど野良猫がいたので、「城はどこだ?」と尋ねてみた。すると、

 「ほほう、お主は、この辺の猫ではないな? なぜなら、この辺の猫ならそんな質問をする馬鹿猫いないものなあ。」

 と言う。馬鹿猫とは何を言うか、と思ったが、ここは仙台ゆえ、もし変な口を利いて喧嘩になり仲間でも呼ばれたら敵わぬと思った。だから、

 「そうかい、何故馬鹿って言うんだね、君は?」

 と、丁寧に返した。すると、その仙台猫は、

 「ここは、仙台城跡だぜ。仙台城は、もう明治時代になくなってしまったのだ。今はこの城跡があるだけなのだ。もし仙台城の様子が見たかったら、向こうにある資料館の復元モデルでも見るんだな。」

 と、言う。

 我輩は己の無知に恥じ入ったけれども、動揺を見せぬように、「かたじけない。」と言い、我輩の持っていた秋刀魚の尻尾をくれてやった。これはちょうどここに来る途中で見つけたご馳走であったが、その仙台猫がこの秋刀魚をちらちらと見ているのに我輩は気づいていたのでくれてやったというわけである。案の定、我輩が与えるや否や、飛びついた。

 天守台のあったところから、一枚。

DSCN0100.JPG

 この写真からも寒気が窺えるであろう。夏に撮影したならば、杜の都が一望できたものを、これではあまりに暗い世界である。閻魔大王でも住んでいそうである。

DSCN0104.JPG 

 仙台城跡。政宗公の築いた栄華も、今は空しき廃墟、、、。

 次はどこに行こうかとも思ったが、寒いし、帰るのが遅くなるのも嫌であるし、駅に戻ることにした。

DSCN0106.JPG 

 仙台駅内の一風景。前方に見える青い物体は、ドコモダケなる携帯電話会社ドコモのマスコットらしい。

 因みに、こんな感じである。

DSCN0070.JPG

 では、さようなら、仙台。また、いつか来てみようと思う。東北新幹線で、東京へ帰る。めでたし、めでたし。   (終)
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2005年12月19日

仙台道中膝栗毛〜土曜編〜

 我輩は、土曜から日曜にかけて東北地方の宮城県仙台市へ行ってきた。

 我輩が仙台に到着したのは、午後6時半頃である。駅を出たときの最初の感想は、、、寒い、であった。が、寒いが、東北地方最大の都市だけあって人が多く活気がある。

 まず、駅前から二枚。   

DSCN0067.JPG

DSCN0068.JPG

 うむ、中々きれいに撮れたにゃんである。因みに、何故我輩のような猫がデジカメ写真を取れるか、と疑問に思う者もいるかもしれないが、我輩のような猫とてデジカメの操作くらいはできる。そもそもこうして文章を書けるのであるから、デジカメを操作できても何も不思議はないはずである。因みに我輩がどんな格好をしていたかと言えば、こんなふうな格好である。

 じゃじゃ〜ん。、、、、、、、、。

DSCN0094.JPG 

 つまり我輩はこの猫の如く、デジカメを首に掛けて市内を徘徊しているのである。左の写真は仙台市の青葉通りに面したモール街を歩いていて、写真屋の前で見つけた猫の銅像である。やや我々猫族を侮辱した感はあるものの、ちょうど我輩のような出で立ちをしていたので、記念に一枚撮っておいた次第である。

 仙台駅前の歩道橋から青葉通りの風景を一枚。夜なので、杜の都仙台が見れなくて残念であるが、かといって今は冬であるから朝に見ても枯れ葉の都仙台である。やはり春や夏に来る方がよい。というか寒い。

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 因みに、この歩道橋には、我輩のようにここから青葉通りを撮影しようとする観光客が結構いた。写真を撮られる方は、皆こぞって例のピースというやつをしている。また、写真を撮る方も、かなりの確率で「はい、チーズ!」などと言っている。チーズとは食べ物のことであろうが、「はい、チーズ」などといっても別に相手にチーズを手渡す様子もない。写真を撮るだけである。人間はどうか知らぬが、チーズ、チーズとやたらに連発されると腹が減るから止めて頂きたい。

 青葉通りの一風景を何気なく撮影してみた。

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 一応付け加えておくと、写真に写っている自動車は、時速300キロくらいの高速で走っているのではない。ただ、このデジカメが時速40キロくらいの自動車を捕え切れないだけである。

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 外は寒いし、人ごみの中を歩くのは踏まれそうで嫌だと思っていたら、ちょうど地下の通路があったので入ってみた。

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 中には美しき噴水があった。 が、近くに浮浪者のものと思われるダンボールもあった。我輩は、我輩の頭に下げたデジカメを浮浪者に奪われないように足早にそこを去った。

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 青葉通りに面したモール街。我輩は踏まれそうになりながらもシャッターを切った次第である。

 そのモール街を歩いていると、ペットショップという動物売買をしている店があったので、ちょっと寄ってみた。

 店内は、犬族の臭いがぷんぷんする。我が猫族の臭いも少しはする。

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 左の子犬はすやすや寝ておる。やはり子どもは可愛いのである。

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 上の写真は子犬の兄弟である。相手を枕にしたいという気持ちは人間も猫も犬も一緒のようである。

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 我輩、この光景には驚愕した。余程寒いのか、余程部屋が狭いのか、数匹の子犬が僅か直径50センチ程の空間に高密度で睡眠していたのである。

 我が猫族の赤ん坊を見つけたのは、店の隅っこであった。

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 それにしても、ひどい寝方である。普通、我々猫というものは、横になって寝ることはあっても仰向けになって寝るものではない。確かにガラスの箱の中にいれば外敵から襲われる心配がないけれども、あまりに無防備な寝方である。我輩は、この子猫の将来に良くないと思ってガラスを足でこつこつと引っ掻いたが、全く起きる気配は見せなかった。完全にお眠り状態である。

 一階の犬猫を一通り見終わると、「二階、高級ペット」と書かれている広告があったので、二階に行ってみた。

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 名前は何と言うのか忘れたが、こんな豚の顔をちょっと長くしたような、顔の崩れたウサギの耳を少し短くしたような、そんな奇怪な顔面をした犬が高級だというから人間の考える高級の基準というの摩訶不思議である。が、この坊やは、我輩がカメラを向けると尻尾をふりふりと小気味よく振り回してくれるという、最も愛嬌のある子犬君であった。
 
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 この子犬は、鹿のように足が細い。ちゃんと飯を食わせてもらっているのだろうか、、、。我輩がこの子犬の細い足を撮影しようとしたら、突然我輩の方に近付いて来て、ガラスの前に座り込んでこちらをじっと窺っている。「坊やのそのやせ細った足を見せて頂きたい。」とお願いしてみたが、カメラを持った猫を奇特だと思ったのか、まるで聞く耳を持たずずっと座り込んでいる次第である。

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 最後は、子犬というよりは、小熊と言った方が適当な犬族の子どもを撮った。我輩がカメラを向けたら、ふてぶてしくこちらを睨みつけてきたが、誤ってフラッシュが光ると驚いて後ずさりした。我輩は「申し訳ない」と謝ったが、この子熊犬はすねて隅へ言ってしまった。 因みに目は開いているのか閉じているのか分からぬ(下)。

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 二階の犬は、我輩にしてみれば、珍獣ばかりであった。ただ、一階の犬猫がほとんど睡眠状態だったのに対して、二階の犬猫はみな起きていた。まさか、起きているということが高級だという意味ではあるまいな、と思ったくらいである。

 最後に、仙台のハト公を一枚。どこにでもいそうではあるが、何となく。

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 警戒して逃げるので、三度目にしてやっと捉えることができた次第である。

 今日は我輩、少々疲れておるので、これをもってまず膝栗毛としたい。何か、仙台の珍獣紹介の如き膝栗毛になってしまった、、、、。少し反省なのである。   (終)
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2005年12月18日

囲碁をする教師たち

 この家の父親は、囲碁という遊びが好きなようである。よく家の二階の部屋で、パソコンという20世紀末に飛躍的な普及を見せた機械と向かい合い一人楽しそうに囲碁をしている。また、休日などは、同じく囲碁の好きな教師を自宅に招き二人でするときもある。

 先週の日曜などは、その囲碁好きな教師と共に囲碁を打っていた。

 「いやあ、斎藤さん、私は最近パソコンで囲碁をするのに熱中していましてね。」

 と、囲碁を打ちながら、この家の父親が楽しげに言う。

 「ほう、そうですか。それは結構ですな。私なんかは、コンピュータと聞いただけで何か面倒臭い感じがしてパソコンも持ってないんですよ。」

 と、その教師が言う。因みに、この教師は高校の数学を教えているらしい。美術の教師であるこの家の父親がパソコンという機械を使いこなし、数学という理系科目の教師であるこの斎藤という教師がパソコンを持たないというのは、何か滑稽な感じがする。

 「どうです? そのコンピュータでやる相手は強いですか?」

 と、その教師が、パチンと碁を打って言う。どうやら少々パソコンの囲碁に興味があるようである。

 「うぬ、そうきましたか。」

 と、この家の父親。次の一手を考えるのに真剣で、その数学教師の質問に答えないでいる。すると、その数学教師は、

 「二宮先生、聞こえましたか? 私の質問。」

 と、尋ねる。

 「ああ、聞こえたよ。」

 と、父親。一生懸命碁盤に睨みをきかせながら、答える。

 「で、どうなんですか? 相手は強いですか? 」

 と、数学教師。余程興味が湧いたのであろう、必ず聞き出そうという気でいる。

 「ん? 相手? ああ、強い、強い、コンピュータには中々勝てませんよ。でも、インターネットで他の人間と打つ時は、そうでもありませんよ。私に勝てる者は中々いません。」

 と、面倒臭そうに父親が答える。しかし、私に勝てる者は中々いません、と言った時には顔がにんまりとした。

 「へええ、そんなものですか。でもインターネットで他の人間を相手に打てるというのは、面白そうですな。」

 と、感心した様子で数学教師が言う。

 「あと、チャットというのがありましてね、対戦相手とメッセージをやり取りしながら囲碁を打てるんですよ。相手がいつまでも次の手を打たない場合なんかは、“いつまで考えているんだ、早く打て。”なんて文句を言うんですよ。この前なんかは、私はね、相手がいつまでもいつまでも打たないもんで、“逃げたな。”とこう言ってやりましたよ。」

 と、そう言って父親がわははと笑い出す。

 「面白そうですなあ。私もやってみましょうかね。」

 と、数学教師が言う。そして、すぐに、「インターネットというのは、パソコンを買えばすぐにできるんですか?」と尋ねる。父親は、

 「それは、また今度電気屋にでも聞いて下さいよ。今は、囲碁の試合中ですよ。」

 と、やや不機嫌そうに言う。どうやら、形勢も良くないようである。首を傾げてはうんうん唸っている。

 「こりゃ、失礼しました。」

 と、数学教師。この父親の形勢が不利であるということは、論理必然的に、この数学教師の形勢が有利なのであろう。顔にも余裕の表情が浮かんでいる。

 すると、この家の母親が「おつまみをどうぞ。」と言って部屋に入ってきて、団子を載せた皿を二人の脇に置いた。我輩は二人が囲碁をしている部屋の隅で寝転んでいたが、団子の甘い匂いがこちらまでぷんぷんと漂ってくる。我輩も紳士であるから、もし我輩がその団子に飛びついたならばこの家の父親にもその客にも失礼だと思い、団子の甘い匂いによだれが出そうになりながらもぐっと腹に力を入れて我慢していた。すると、この家の父親が、

 「斎藤さん、団子の皿をこっちに置きましょう、家の猫が飛びつくかもしれませんから。」

 と、そう言って団子の皿を我輩のいる方とは反対の方に置いた。

 「そうですね、猫はいやしいですからね。その方が安全でしょう。」

 と、数学教師も賛同している。

 我輩は、この侮辱には我慢ならなかった。我輩とて、せっかくの父親の来客に失礼のないように、飛びつきたいのをぐっと忍耐しておったところを、二人揃って我輩を、いや猫一般を侮辱するではないか。我輩は、こう侮辱されてはもはや二人の前で我輩が紳士でいなければならぬ理由もないと思って、にゃにゃにゃっと部屋の隅から碁盤の陰に隠れた団子目掛けて、勢いよく発進した。そして、碁盤の上にえいっと飛び乗り、並んでいた碁石を前足と後ろ足の双方を持ってしてぐちゃぐちゃと掻き回してから、団子の皿の下へ素早く着地し団子を頂戴して戸外へ逃れた。

 二人は、ああ、と悔しがっておる。しかし、大の大人が小さな石ころを並べて、おれの陣地だお前の陣地だと言って競い合っているところなど、我輩が目茶目茶にしてやらぬでも、そのうち次女でも三男でも他の誰かが来てそうしたであろう。   (終)
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2005年12月17日

米国猫、あっぱれ!

 今日は一つ、我が猫族の新たな偉業について少し述べてみたい。

 この前、米国の猫が米国から仏国へと渡ったという事件があった。人間の船に乗って仏国へ行き、そして帰りはビジネスクラスという人間の中でも金持ちが座る席に座って米国に帰国したらしい。

 この快挙は、我が猫新聞各社でも大々的に報じられ、「米国猫のフロンティア精神、健在!」とか、「エコノミークラスに大勢の人間が座る中、堂々とビジネスクラスで帰還!」とか、「猫界にもリンドバーグ、現る!」などの賞賛の記事が世の中に出回った。

 にもかかわらず、当の米国猫は、自分の快挙に喜ぶどころか、悔しがっているという。或る猫雑誌インタビューで、かの米国猫は、このように語っていた。

 「米国から仏国へ行く途中、我輩の心は、新大陸に向かうような嬉しさでいっぱいであった。人間の新聞は、我輩が船に迷い込んだと報じているが、我輩はそんな迷い込むなどという愚かな失態は犯さない猫である。我輩は、船に忍び込んだのである。何故というに、世界旅行というアバンチュールを味わいたかっためである。米国は広しといえども、我輩の冒険心を十分に満たすには、米国は狭すぎた。最初は、飛行機に忍び込もうと思ったのであるが、やはり飛行機は人間のチェックが厳しいゆえ、まずは船にした。無論、我輩の俊敏な足をもってすれば、まるでラグビー選手が敵を次々と交わすかの如く税関でも監視でも潜り抜けられようが、安全を期して船にしたのである。船旅は予想以上に困難なものであった。船酔いにも悩まされたが、人間に見つからぬようにコンテナの中にじっと潜伏していなければならなかったのが、精神的にも肉体的にも最も苦痛であった。そうこうして、三週間がたち、やっと仏国という国に着いた矢先、仏人に発見されてしまった次第である。本来ならば、仏国を初めとして、伊太利亜、独逸、西班牙、等の欧州をぐるりと回ってから、露西亜にでも行ってみようかと思っていたところ、仏人に捕獲されてしまった。残念無念、我輩の船の中での忍耐は何だったのであろう。」

 と、こんな具合である。

 因みに、この米国猫はインタビューの後、記者にこっそりと「次は上手くやるつもりだ。」と呟いたらしい。

 この米国猫は、不屈の冒険心を持った勇敢な猫である、と我輩は賞賛の声を惜しまぬであろう。仮にこの米国猫が人間に生まれていたとしたならば、コロンブスやマゼラン等にも決して劣らない、偉大な探検家となっていたに違いない。恐らくNASAの宇宙船にでも侵入し勝手に操縦して、異星人の住む惑星にでも辿り着き、人類の歴史に新たな1ペエジを刻んだであろうと思われる。   (終)
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2005年12月16日

三男坊の日記、、1リットルの涙

 昨日、我輩は、高校生の三男坊の日記を盗み見た。そこにはこんなことが書かれていた。

 

 “今日テレビで、1リットルの涙を見た。亜也が可哀想だった。自由に動かすことのできない体を一生懸命に動かそうとする亜也を見ていると、本当に、涙が出てきた。僕の体は何不自由のない体だ。手も足もちゃんと動く。亜也は、そういうことすらできない。一人でトイレに行くことも電話のボタンを押すことも。亜也は、僕に、体が満足に動くことだけでも幸せなんだということを教えてくれた! 亜也の苦しみに比べて、自分の不満のどれほどいい気なものか! どうでもいいことに不平を言っている自分が恥ずかしくなった。幸せって何なんだろう? 体が自由に動くというそれだけでも本当はとても幸せなんじゃないか? みんなそれに気付かないだけで、幸せはすぐそこにあるんじゃないか? そう思ったら、急に気持ちが明るくなった。亜也が気付かせてくれたんだ! ”


 

 と、こんな具合であった。我輩も、実は三男坊と一緒になってそのドラマを見ていた次第であるから、この家の三男坊の日記には頗る心を動かされてしまった、、、。   (終)
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2005年12月15日

小泉内閣総理大臣の顔!?

 夜、テレビを見ていたこの家の母親が、小泉純一郎という今の内閣総理大臣の映像が出るや否や、

 「いつまで自衛隊はイラクにいるわけ? 期限を延長してずっといるつもりなわけ?」

 と、文句を言う。すると、この家の父親は、

 「いや、小泉は悪くない。小泉みたいな政治家は中々いない。」

 と、首相を必死で擁護する。すると、中学生の次女が父親に向かって

 「お父さんは、自分が小泉首相に顔が似てるって学校で生徒に言われてるから、小泉首相が批判されると自分が批判されたような気持ちになるんだ。」

 と、言ってげらげらと笑う。そういえば、以前この父親は、「俺は生徒に小泉、小泉って呼ばれているんだ。」と誇らしげな面持ちで語っていたことがある。とすれば、案外、次女の言っていることも当たっているかもしれぬ。

 「違う、違う、自衛隊はイラクに行くしかなかったんだ。」と、父親が弁明する。しかし、声が上擦っていて、顔もにわかに赤くなっている。

 「お父さん、何、動揺してるの。」

 と、長女が肉まんをもぐもぐと食べながら横から言う。母親も「そうだ、そうだ。」と言って上機嫌になっている。父親は、威厳を保とうとして台所のテーブルにどしりと腰を据えたものの、みなにげらげらと笑われて肩身の狭い様子でいる。

 我輩の思うに、確かにこの家の父親と小泉首相の顔はどことなく似ているような気がする。しかし、どこが似ているのかと問われれば、説明に窮してしまう。何となく髪型と顔の作りが似ていると答えるのが精一杯である。しかし、何となく似ているというのでは、我輩としてもどこかすっきりしない心持がするので、一度詳細に二人の顔面の異同比較してみようと思う。

 首相の方は、周知の如く、ふさふさとした白髪がトレイドマークでもあり、我輩から見ても人間には勿体無いほどの良い毛並みをしておる。無論、美しき鮮やかな茶色でもって装飾された我輩の毛と比べれば到底及ばないということは日が東から昇るのと同じくらい当り前の話であるが、やはり一国の首相というに恥ずかしくない毛並みである。さしずめ、人間界のライオンといったところであろうか。我が猫族といえども、そこら辺のごろつきの猫では太刀打ちできぬであろう。

 一方、この家の父親の方は、床屋へあんまり行かぬせいで髪がもさもさしておる。そして、そのもさもさとした髪の毛が元来の天然パアマと悲しく相俟って、首相の髪型の如き様相を呈するに至っている。つまり、両者の髪型の成立過程は全く異なるけれども、何の因果か結果的に類似しているという具合である。ただ、首相が白髪なのに対し、この家の父親はまだ黒髪の勢力が少々勝っているようである。

 目は全く似ていない。これは、我輩がそう断定しても誰も異論は持たぬであろう。何故というに、首相の目はやや細いのに対して、この父親の目は出目金だからである。

 しかし、目元から頬っぺたにかけての平面が似ているということに気付いた。従って、もし首相とこの家の父親の目を同時に閉じさせてその辺の畳の上にでも並べて敷いてみれば、もう少し判然とした形で両者の顔面の類似が確認できるはずである。

 あとのパーツの比較はどうでもよいであろう。耳や鼻、口などを比較しても、余程どちらかが著しい特徴を有していない限り、あまり比較の意味もないからである。

 かくの如く、我輩は二人の顔面の異同比較を試みたが、結論としては、髪型と目元から頬っぺたにかけての平面が似ているということになる。目は似ていないのに全体的な風貌が似ているのであるから、裏から言えば、余程髪型とその平面が似ているということでもある。

 我輩は今の考察の妥当性を確認しようと思って父親の座っていた方に目をやったが、父親はいつの間にかいなくなっていた。また、部屋でピカソのようでピカソでない絵でも書いているのであろう、、、。    (終) 
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2005年12月14日

我輩の苦悩

 我輩は、今日、ふと思った。

 我輩のような無名の猫文士が、猫界の頂点に立つ苦沙弥先生様の所の猫殿を真似て人間を観察した文章を書くということは、恐れ多きことではないか、と。

 というのも、猫として最初に人間を観察するという大胆な思索を試みたのが、苦沙弥先生様の所の猫殿であるが、それ以降、氏を真似た文章が猫出版界に充溢し、それに嫌気のさした猫大臣が異例の記者会見を開いたことがあった。

 その時、猫大臣は、

 「我が猫文学界の発展にとって、みなが文章を書くようになるのは良いことである。しかし、みながみな苦沙弥先生様の所の猫殿の『吾輩は猫である』を真似た結果、現在の猫出版界は、同じような書籍で溢れており、まるで金太郎飴の如き状態である。こうした状況を是正するためには、今後、猫立法によってある程度の文章規制を行う必要も出てくるやも知れぬ。」

 と、語った。

 無論、この猫大臣の意見に対しては、猫新聞等で「猫大臣、表現の自由の侵害か!?」とか「猫大臣の罷免を求む!」とか「言論統制反対!」等の激しい批判が寄せられた。

 然れども、猫文士の多くは、猫記者らのように権力に反発するどころか、猫政府の言論統制に恐れをなして、文章を書くのを止めてしまった次第である。

 そんな中、我輩は、無名ながら猫政府の圧力にも屈せず、ペンを握って日々かの家族の日常を描写しておるわけであるが、ふと、自分のしていることに不安を覚える時もある。また、時として、「お主はまだあの文章を書いているのかい?」などと近所の猫に皮肉を込めて尋ねられることもある。また、ある時は、「君は自分を苦沙弥先生様の所の猫殿だと思っているのかい?」などと厭味たっぷりの小言を言われることもある。

 しかし、やはり、我輩はこうして文章を書くのを止めないであろう。というのも、もし我輩も止めてしまったら、表現の自由の最後の砦がガラガラと崩れてしまうであろう。それに、もし我輩が最後まで表現の自由を死守するならば、苦沙弥先生様の所の猫殿も我輩の模倣を許してくれるであろうと思う。   (終)
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2005年12月13日

我輩の愛読書

 我輩がこうして文章を書くようになった原因は、『吾輩は猫である』を書かれた明治の猫文豪、、、苦沙弥家の猫公の多大な影響の下にある。

 この著書は、我が猫族が人間よりも優越的種族であることの生理学的社会学的文学的証明である、というのが現在の猫文学界の通説的見解である。

 従って、全国の我が猫族を始め、人間ゴリラ、等、生物種性別を問わず、広く読まれることを期待して、以下に本書を推薦する次第である。
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2005年12月12日

この家の長男と次男の会話

 今日は、非常に寒かった。我が猫族は、寒い時は戸外へ出ない。有史以来、ずっとそうである。猫はコタツで云々かんぬんという歌もあるが、これは猫の特徴を最もよく表したものである。

 そういうことであるから、我輩も今日はずっと家にいた。すると、大学卒業後もふらふらしている長男と大学生の次男が、話をしていた。我輩は部屋の外から盗み聞きすることにした。

 「親戚の奴らは定職に就かない俺を白い目で見ているけどな、俺は別に何とも思っちゃいない。でも俺の人生に口出しして欲しくはないね。」

 と、長男。今日の寒い天気の如く、どこか沈んだ様子である。いつもと違ってにやにやしていない。すると次男は、

 「これからどうするんだい、兄さんは。」

 と言う。

 「俺はお前のそういうところが好きだぜ。つまりだな、お前は他の奴らと違って、俺のことを白い目で見ていない。それが俺はうれしんだよ。お前は、物事をよく知っているから、俺の今の気持ちもよく察しているだろうし、これから俺がどんな人生を送っていくのかも大体知っているんだろう?」

 と、長男。

 「僕は、兄さんのことは尊敬していますよ。兄さんは兄さんなりの人生を送っていくはずですよ。」

 と、次男が言う。

 「俺なりの人生か、、、。そう簡単に言うが、じゃあお前は俺の人生についてどう思っているんだ? 俺はどんなふうに生きていくと思っているんだ?」

 と、長男が尋ねる。

 「さあ、それは僕に聞く前に兄さんがもう大体知っていることなんじゃないですか? ただ、あまり長生きはしないでしょう、兄さんは。」

 と次男。すると、長男はわははと笑い出した。そして、次男に向かって

 「そうだな。実は俺も長生きはしそうにないと思ってたところだ。」

 と、言う。そして、次男に「お前はどうなんだ? 長生きしそうか?」と聞く。

 「僕は、兄さんよりも長生きしそうにないですね。」

 と、次男。冷やかな笑みが口元に浮かんでいる。長男は、さらに大きな声を上げて笑い出す。この兄弟は長生きしないことがそんなにうれしいのであろうか、と我輩は奇怪に思ったが、我輩も人間に生まれていたならば、長生きしたいとも思わなかったやも知れぬとも感じて妙に納得する部分もあった。

 「兄さんも僕も、あれですよ、例の崇高的かつ美的なるもの、、、それに対する憧れが強すぎるんです。そうした欲求は、人間を疲労させて、いつしか魂を吸い取ってしまうんですよ。」

 と、次男がまた口を開く。

「あまりピンと来ないが、そういうことにしておこう。」

 と、長男。そして、「お前と話すと何だか腹が減る。」と言って、机の引き出しからドーナツを取り出してむしゃむしゃと食い始める。我輩も同様に空腹を覚えていたため、長男のドーナツ目掛けてにゃにゃっと飛び跳ねた。案の定、長男坊は我輩の不意打ちに驚愕して、ドーナツを落とした。

 「この野郎、何をするか、、、。」

 と、長男が悔しがる。しかし、我輩も少々油断していた。我輩が略奪したドーナツを頂戴していると、長男の拳骨を不意に食らったのである。食うのに夢中で背後の長男の存在を完全に忘却していた。我輩は、むぎゃと我ながら恥ずかしい悲鳴を上げてドーナツを落としてしまったけれども、すぐさま拾い上げ、これ以上の反撃を食らわぬためにもドーナツを加えて遁走した。

 ただ、弁明しておくが、これは逃げたわけではない。ドーナツを食いながら闘うことは、戦略上合理的でないから、一時的な撤退をしたまでである。それに又そのうち顔を合わせるであろうから、その時に決着しても良いであろう。

 しかし、その後、また長男と顔を合わせたけれども、長男は我輩に恐れをなしたのか、ドーナツを奪われた屈辱をもう忘れてしまったのか知らぬが、何も反撃を加えてこなかった。とりあえず落着である。   (終)
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2005年12月11日

この家の母親の恐ろしき妄想

 この家の母親の頭の中はどんなふうになっているのだろうと、我輩は疑問に思う。気違いではあるまいか、、、。というのも、以前、こんなことがあったからである。

 この家の母親は以前から、yahooの掲示板に熱中している。この母親は、小泉政権のイラク自衛隊派遣に反対して、政治の掲示板に何度も投稿しているのである。

 yahooの掲示板を使用したことのある者は承知しておるであろうが、活発な議論の展開されている掲示板に投稿すると、すぐに反論がなされるという具合である。この家の母親も、ぐうたら主婦であるものの、根は負けず嫌いであるから、自分の投稿した記事に反論が寄せられると、「こんにゃろう、、。」と剥きになって一生懸命、再反論を考えるという次第である。

 この家の長男も剥きになっている母親をからかって、「そんな奴に再反論もできないのか。」などと煽り立てる。また、いつまでも反論に頭を悩ませている母親に煮えを切らして、「どれどれ。」と一緒になってパソコンを覗き込んだりする。

 この長男坊は、